「山本孫三郎」(長谷川伸)

日本人にとってかくも恐ろしいこの「空気」

「山本孫三郎」(長谷川伸)
(「日本文学100年の名作第5巻」)
 新潮文庫

金沢藩士・山本孫三郎は、
金貸し雲田忠太夫の
無礼な態度に腹を据えかね、
斬り捨てる。
孫三郎は作法に則って
事故処理を行ったため
無罪となる。
忠太夫の二人の子・
忠之丞・忠太郎は、
仇討ちの許しの下りないまま、
孫三郎を狙う…。

「仇討ち」というのは、
洋の東西を問わず、小説の主題として
普遍的なものなのかもしれません。
当サイトでも、
「仇討ち」に関わる作品については、
英国の古いものでは
シェイクスピア「ハムレット」
日本文学を見れば菊池寛
「恩讐の彼方に」「仇討禁止令」
五味祐介「喪神」
児童文学や昔話に
題材をとった作品として
巌谷小波「こがね丸」
芥川龍之介「猿蟹合戦」
あるのですから、
すべての文学作品を見たときに、
一体どのくらいあるのか
見当がつかないくらいです。

さて、本作品が他の多くと異なるのは、
仇討ちの許可が
認められなかったということです。
どのような状況でも
討ちが許されるというものでは
なかったということなのでしょう。

加えて本作では、
武士の作法についても
詳しく描かれています。
孫三郎が忠太夫を
「二挙動一太刀」で斬ったことや、
その後の身の振り方など、
当時の侍の作法について
詳らかにしています。

でも、それ以上に
前面に押し出されているのが、
仇討ちの「空気」を作り上げる
「世間」です。
最初は斬られた忠太夫に
非があると見なされ、
孫三郎は世間から褒めそやされます。
ここでは
「仇討ちなどけしからん」という
「空気」がつくられています。
そのうち、「忠之丞はどうして
仇討ちしないのか」という
仇討ち待望の「空気」が
自然発生的に生まれます。
忠之丞が妻を離縁すれば
「仇討ちをする覚悟」という好評、
忠之丞が後妻を娶れば
「仇討ちの所存なし」の悪評が
出回る始末です。

最後に忠之丞は
孫三郎暗殺に成功します。
仇討ち許可が下りていない以上、
これは単なる犯罪です。
しかし、忠之丞は見事、
逃走にも成功します。
ここでも「世間」の思惑が作用します。
このころには「孫三郎は
金を借りておいて殺した」として、
孫三郎への悪評のほうが
大勢を占めていたからです。

赤穂浪士が吉良邸に押し入ったのも、
仇討ちを期待する「空気」、
日本が対米戦争に踏み切ったのも、
開戦やむなしという「空気」、
日本人にとっていかにこの「空気」が
恐ろしい作用を及ぼすものであるかは、
山本七平名著「空気の研究」に
詳しく解説されています。

日本の「仇討ち」は
やはり面白い要素を数多く
含んでいるのでしょう。
作者・長谷川伸は、仇討ちものを
「日本仇討ち異相」としてまとめ、
本作はその第二話なのだそうです。
他の仇討ちものも
探してみたいと思います。

(2021.10.30)

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